長く日本酒・本格焼酎の業界で生きてきたので、たくさんの酒蔵とのお付き合いがあります。考えてみればもう30年のお付き合いですね、というような邂逅もあります。
大阪の秋鹿さんとのお付き合いも、そんなひとつです。実家の酒問屋で駆け出しの仕事をしていたころ、ある取引先の酒蔵から永谷正治先生の話を聞きました。永谷先生は著名な先生なので、多くの酒蔵がお世話になっていると思います。酒米の王様である山田錦の栽培に多大な尽力をされた先生として知られているこの先生の話を聞いて、私のアンテナがビビッと反応しました。時々そのような瞬間があるのですが、時代の流れと、核心を突いた取り組みの姿勢を直観的に感じたのだと思います。
すぐにその酒蔵に先生を紹介していただき、著書を読み、お話を直接伺う機会を得ました。永谷先生のお話のなかで、その時もっとも印象に残ったのは、窒素肥料を減らすことによって米の粗タンパクが減り、その結果として同じ精米歩合でもきれいな酒に仕上がるという理屈でした。
当時から高精白を誇るような流れに少なからず違和感を感じていた私にとって、低精白で良い酒を造るという永谷先生の考え方はとてもしっくりきたのです。
永谷先生が深くコミットしておられる酒蔵がいくつかあると知り、秋鹿、東洋美人、東一などの酒に興味を持ちました。話はちょっと逸れてしまいますが、これらの銘柄のうち東洋美人と東一は、すでに江東区のはせがわ酒店さんが力を入れておられることを知っていましたが、改めて長谷川浩一さんのアンテナと嗅覚の高さに驚かされます。
永谷先生にご紹介をいただいて初めて訪れたのが秋鹿酒造でした。
秋鹿酒造は大阪府の北の端にある能勢町倉垣というところにあります。
大阪のほんとうに外れの山の中で、地図で見ると、どこから行っても遠いという土地柄です。その時は京都の亀岡駅まで山陰本線で行き、車で迎えにきていただきました。現社長の奥さん(ご夫人という意味ではなく苗字です)もまだ40過ぎの若さで、明るくて優しい人柄が印象に残りました。酒蔵で御父上の奥社長と製造を統括される叔父様の奥専務、そして但馬杜氏の谷淵さんにお目にかかり、製造のお話や米作りのお話をたっぷりと聞かせて頂いたのを昨日のように覚えています。
永谷先生に言わせれば、「奥一家は酒蔵というよりは百姓に近い」というほど、麦わら帽子をかぶって農作業をする姿が自然な皆さんです。「窒素肥料を控えて育てた米と窒素肥料をたっぷりやった米は、田んぼの色を見ればわかるんですよ」、というような話を伺いながら能勢の田んぼを案内していただきました。
その時に案内していただいた自社田のなかに完全無農薬栽培という田んぼがあったのが強烈に印象に残っています。その姿を雑駁に表現するなら、稲の田んぼというよりは、雑草の中に稲が混じって生えているというような田んぼでした。「農薬を散布せずに米を作るとどうしてもアワやヒエのような雑草がどんどん生えてきて、除草している暇がありません」、と言っておられました。消費者は無農薬栽培米と簡単に言うけれど、作る方は本当に大変なのだと知りました。
永谷先生と、静岡で「喜久酔」の山田錦を作っておられる農家の松下さんと一緒に丹波まで田んぼを見に行ったのも良い思い出です。そんなひとつひとつの会話の断片が、今の自分を形作っていると、ありがたく思います。
今回、久しぶりに秋鹿酒造を訪問しました。
この度は盟友のジャスティン・ポッツと京丹後市にある木下酒造の杜氏フィリップ・ハーパーを伴っての訪問でしたが、お二人とも製造に深くかかわっておられる方々なので、酒造りの話で盛り上がりっぱなしの充実した半日となりました。
3年前に大きく蔵を改造されたということで、以前に比べるととても素敵にリフォームされた酒蔵になっていましたが、酒造りにはブレがなく、以前と変わらぬ太い酸味が特徴のしっかりした酒を造っておられました。太い味わいの酒質を活かすために貯酒も多く、特に生で複数年(常温)貯蔵してある酒は、私がこれまで知っているお酒と違う性質を持っており、非常に印象に残りました。
現在は米作りを息子さんの航太郎さんが担当し、酒造りを奥社長が中心に担っておられます。自社田も広がり、そのほとんど自然栽培で作っておられるようですが、平均すると1反当たりの収穫量が2俵とのことですから、とてもとても高い米を使っておられることになります。そしてそれを臆することもなく飄々と語る奥さんは大したものだと改めて感じ入りました。
お酒の価格を価値に見合ったレベルまで上げるというのは、業界の大きな課題であると私は思っています。富裕層向けのブランディングで高価な酒をプロデュースするというマーケティングとは異なるレベルで、もっと日常生活に近いレベルでそれが実現する市場を作ってゆかなくてはなりません。
そのためには、何が良い酒であるのか、酒の価値とは何であるか、という核心を、精米歩合を中心とした製造方法とは異なるレベルではかる多様なスタンダードが求められると考えています。
それはストーリー性や原材料価格だけの問題ではなく、本当に人の心を動かすおいしさでなくてはなりません。酒蔵は、消費者を感動させるための終わりのない勝負を続けてゆかなくてはなりません。それは過酷な仕事です。しかしそれを夢のある仕事と思って立ち向かってゆける酒蔵が、きっと次の世代まで残ってゆくのだろうと思います。
私が長い付き合いをしてきた酒蔵がひとつでも多く「残ってゆく酒蔵」になって欲しいと心から願い、また自分に出来る役割があればそれを果たしてゆきたいと改めて思ったのでした。
